角川文庫 宮部みゆき 著
三島屋変調百物語シリーズ第六弾。江戸は神田にある袋物屋の三島屋主人・伊兵衛は、ある事件で心を痛めた姪である「おちか」引き取り、心を癒すために人々の不思議話を聞かすとおちかの心を溶かし始めた。無事病も癒えた「おちか」は結婚。不思議話の新たな聞き役に、役目は甘い物好きの次男・富次郎に引き継がれた。
今回の不思議話は四話。
第一話は「泣きぼくろ」神田佐久間町の豆腐屋「豆源」の八太郎。なんと富次郎の幼馴染であった。不思議話の当時(14年前)の豆源は、両親・長男夫婦子供二人・次男夫婦子供一人・出戻り長女・次姉と従業員の許婚・三姉・三男・四姉・八太郎七歳に夫に先立たれた女中の大所帯で豆腐屋を営んでいた。
ある朝に次姉の許婚と長男の嫁が同じ布団で寝ていたので大騒ぎとなる。許婚の言い訳は長兄嫁が布団に入ってきて誘ったと言う。それも前にも度々あったと・・長兄嫁は必死に否定するのだが・・発見時に皆んな長兄嫁が「てろり〜ん」と様子が変だったのと真面目に怒る長兄嫁を見て驚くのであった。
翌朝長兄嫁の左目下に「ほくろ」出来ていた。本人は二、三日前は色も薄く小さかったと、今日は黒くツヤツヤしていた。結局次姉は豆源を出た許婚を追いかけて出て行った。しかし、数ヶ月後に次兄嫁の右目下に「ほくろ」出来ていた。そして、新婚の三姉の婿である問屋の手代と浮気が発覚したのだ。
次に出戻り長女の目の下に「ほくろ」が・・。こわい怖い。
第二話は「姑の墓」話に来たのは豊かな商家奥様で若い時の実家での出来事。実家の雪深い山郷村は春になると山桜が咲き、丘から見る桜はそれはもう美しかったらしい。
それでも奥様の家だけ女たちは、この丘で行われる村の花見には行けない決まりだった。それは、丘の途中に奥様の曾祖母の墓があり、この曾祖母の恨み怒りが嫁に災いが起こると、決して我が家の女は丘の花見には行ってはならないとの曾祖父さんの遺言であった。
奥様十二歳の時に、兄さんに豪農で訳ありの娘が嫁に来て一緒に住み始めた。嫁は丘での花見がしたかったのである。そして・・・恐ろしい。
第三話は「同行二人」五十歳になる亀一の話。若い頃は喧嘩っ早く、継父の鋳掛け屋職人になるのも諦めて火消し入門。ここで逃げ足が早いと飛脚屋へ誘われる。いくら足が早くて達者でも小僧からスタート。亀一の努力も実り立派な飛脚になり、若い奥さんと結婚し子供まで産めれたが流行風邪で亡くなってしまう。
その頃の亀一の話である。日本橋から近江へ届ける仕事で小田原を早朝に出発し、箱根の関所を過ぎた先で茶屋が雷に撃たれて焼け落ち、そばでお爺さん泣いていた。その前を通り過ぎると総身が走り全身い悪寒。それでも三島を過ぎて駿河湾を目指していると左脛の脚絆の紐が切れる。出発前に入念にチェックをした亀一だった・・何か嫌な予感・・気づくと50メートル離れたところに男が一人佇んでいる。旅装ではなく、同業でもなく、縞の着流しに赤い襷がけで草鞋では草履を履いている。薄暗い中だが夜目が利く、姿ははっきり見えるが目鼻立ちまで見えない。しかし、ほの白い顔がこっちを向いている。
支度が整い、走り出す・・少し走った・・何か気になる・・後を振り返るとあの赤い襷の男がついてくる・・心臓バクバク・・男は走っていなかった・・・足さえ動かしていなかったのだ・・
さてさてこれからどうなるやら ビビるね。
第四話は文庫のタイトル「黒武御神火御殿」
馴染みの質屋・二葉屋の主人が印半天を持ってきた。訳を聞くと二葉屋の女中が三島屋の百物語を知っていて、どうしても三島屋に持っていって欲しいと言われたようだ。
印半天を調べてみると背中の部分が二重になっていた。開けてみると縫い付けられて当て布は、横一尺・縦一尺半、そこには漆でひらがながでびっしりと文字が書かれていた。でも、それらはつながった言葉にならなかった。異国の言葉・・お経・・呪文・・??
そんなことで先代聞き役の「おちか」嫁ぎ先・瓢箪古堂の夫・勘一に見てもらうことにした。数日後に勘一から文が届き、この持ち主である二葉屋の女中の素性を調べたいとの知らせだった。
それから数日後に勘一が三島屋にやってきて、この文字は、お上のご禁制に触れる耶蘇教の唄であったのだ。そして、二葉屋の女中は、二十歳のころ女将の使いで出かけたきり三日も帰ってこなかったことがあるのだという。神隠しと大騒ぎ。しかし、三日後の夕刻に出たままの姿で戻ってきた。女中は三日間行方不明と聞き、三年間と思い込んでいた。十年経った今も奇妙な出来事として近所の人々はよく覚えていたのだ。女中は変わりなく二葉屋で奉公している。
その後、印半天は三島屋に置いたままで二葉屋の主人も女中も取りにこなかった。そんなある日に印半天に関わりのある話で百物語を聞いて欲しいとの話が舞い込む。
急ぎやって来たのは、商家の主人筋だろう四十歳前後の小ぶりな銀杏髷の月代は綺麗に剃ってある。紬の上に小紋柄の長羽織を見ても裕福さ滲み出ていた。しかし、髪のほとんどが真っ白、右の鬢は薄く抜けていて頭皮が引きつり赤黒い傷痕が広がっているのと、右手首から甲にかけて同じ赤黒い傷痕に包まれ人差し指と中指の先が溶けたように欠けていた。
この男は二葉屋の女中も印半天も知っていて、ここへ来たようだ。名前を梅屋勘三郎という。
勘三郎は裕福な札差の放蕩息子。博打が大好きで商家の金を持ち出し賭場から賭場へ渡り歩くとんでもない息子だった。父親から勘当を言い渡せられても博打は辞められづに負けが続き、一文なしになったので目白の朱引外に住む乳母・お吉を訪ねるために、森と田畑ばかり道を進む。
進んでいると藪で物音が・・藪から白い顔を覗かせている。よく見ると人ではない。蛇のような肌、吊り上がった目尻に金色の眼・鋭い牙・・蛇のような蜥蜴・・。「ぎゃっー」取り囲まれている。
走って逃げるが追いつかれる一歩手前で、霧に包まれ梅の香り漂う。よく見ると白梅が満開の場所に・・進むと大きな二階建ての家が見えている。立派な家だが家紋はなくて武家屋ではない。白い玉砂利を踏んで入って行くとお寺のように、一階の側面に続く長い外廊下に天井を支えている梁と、外廊下と室内を仕切る何枚もの障子の枠は、全て黒漆で塗られている。障子は一枚を三分割して、下の三分の一は漆黒の障子紙、上の三分の一は白い障子。そして真ん中の三分の一には半分透き通った氷のような板が嵌め込まれている・・びいどろ障子!か・・
勘三郎は、このまま寝てしまうと・・夢の中で自分が痩せ衰えて骨になっていく・・叫ぼうとすると、どこからか男の声が「灰は灰に・・塵は塵・・」頭に響く声。「そなたは悔い改めねばならない」口調は穏やかでいい声。脅している訳でも、説教でもない。「そのたの罪を告白せい」え!「悔い改めて祈るのだ」・・嫌だ〜! 勘三郎は目覚める。
「うわぁ〜!」「きゃぁ!」二人の悲鳴が重なる。二人・・?なんと二葉屋の女中・お秋とここで出会うことに。二人で屋敷へ入るが真っ黒で戸があるだけで、その戸を開けても戸が続く、屋敷外に出ようとするが、どこまでも庭は続いているのであった。
それから船大工の酒臭い爺さん・亥之助。薬種屋番頭・若い正吉。袖頭巾の老婆で地主の隠居・おしげ。馬乗袴の侍・四〇歳くらいと思われる堀口金右衛門。それにお秋と勘三郎の六人は、ここを抜け出すために・・・
この屋敷・・御殿はなんだ! 最高に怖いね。いやいや恐ろしい。